若者の60%が「がんばるくらいなら衰退でいい」と言う社会で、中小企業が生き残る方法 ~ 本当に起きているのは“やる気”の問題ではない

「がんばるくらいなら、日本経済はこのまま衰退してかまわない」そう思う若者が 約60% いる(東洋経済 2026/02/12)

先頃、こんな記事が出ました。割と驚くことなく、割と受け入れてしまいました。

この数字、表面だけ見ると「やる気がない」「最近の若者は…」となりがちです。でも、この記事が示唆しているのは別の話です。

MRD通信

若者が日本を嫌いになったのではない。“努力=報われる”という前提(社会の約束)を、信じなくなったということなんです。

今の若者がしているのは、思想や反抗ではなく、かなり冷静な損得計算です。

  • 追加で頑張っても、生活が劇的に良くなる感じがしない
  • 成功しても見返りが薄いのに、失敗した時のダメージは大きい
  • 先が読めず、努力を回収できる確率が低い
  • なら、最低限で穏やかに暮らすほうが期待値が高い

だから「日本は好き」でも「頑張る気はしない」が同時に成立します。好き嫌いの問題ではなく、期待値の問題です。

この文脈でセットになって語られるのが、Quiet Quitting(静かな退職)。辞めないけれど、それ以上は踏み込まないという働き方です。これも「怠け」ではなく、職場設計への反応として起きます。

  • 頑張るほど仕事が増える
  • 責任だけ重くなる
  • 評価は曖昧
  • 失敗すると目立つ
  • 成功しても“当たり前”で流れる

こういう環境だと、「線を引く」ほうが合理的になります。つまり、静かな退職が広がる会社は、社員の心の問題ではなく、設計の問題を抱えています。

若いほど「明確な指示・マニュアルに沿って仕事をしたい」傾向が強い、という指摘もあります。

これを「主体性がない」と切り捨てるのは簡単ですが、ズレています。彼らはこう学習しています。

  • 自分で判断してミスしたら、責任が重い
  • ルールが曖昧で、地雷が多い
  • でもうまくやっても、報われ方が不明

この状況なら、自分で決めないほうが得です。主体性が消えたのではなく、主体性を出すインセンティブが消えた。そんな印象です。

この流れが強まると、「頑張る人が偉い会社」は人が残りません。特に中小企業は、採用市場で“大手と同じ土俵”では戦えませんし。

だから必要なのは精神論ではなく、職場の再設計です。打ち手は3つ。順番もこの通りです。

 >打ち手① 評価の透明化:「何をしたら報われるか」を文章にする

若者は「頑張れ」では動きません。頑張った先に何があるかが見えないと、合理的に動けないからです。

  • 期待する行動(例:改善提案、顧客対応、段取り、品質)
  • 評価の基準(誰が何を見て決めるのか)
  • 報酬・昇給・役割の変化(いつ、どう変わるか)

これを「書く」。運用する。例外を減らす。経営者の「見てればわかる」は、若手にとっては「見てない」と同義です。

 >打ち手② 失敗コストを下げる:「小さく試していい」を制度にする

頑張らない理由の核は、挑戦の失敗が致命傷になりうることです。だから会社がすべきは、挑戦を促す前に 失敗の損失を下げること。

  • 小さく試せるタスク(1日〜1週間単位)
  • 失敗しても減点が少ない評価
  • 「改善のための失敗はOK」というルールの明文化

これがない会社の「挑戦しろ」は、ただの無責任になります。

 >打ち手③ 指示→自律の段階設計:いきなり自走を求めない

自律は才能ではありません。設計と訓練で作れます。

  • 最初:マニュアル+チェックリスト(安心)
  • 次:選択肢つき裁量(AかBかを選ぶ)
  • 次:目的だけ渡す(手段は任せる)

「自走できる人だけ来て」は、現実の採用市場では通りません。来ないし、来ても続きません。

この状況で最悪なのは、これです。

  • 「若者は根性がない」と嘆く
  • 「うちは昔ながら」と開き直る
  • 「自走できる人だけ募集する」とフィルターをかける

それは対策ではなく、もはや撤退です。市場(労働市場)が変わったのに、商品(職場)を変えていないだけです。そのツケはこう回収されます。

採用難 → 現場疲弊 → 品質低下 → 客離れ → さらに採用難

静かに、そして確実に。

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