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インバウンド好調でも旅館が消えていく理由
不思議ですよね。
2025年、宿泊業の倒産は89件と2年連続で増加し、休廃業・解散178件と合わせて267件もの宿が市場から姿を消しました。
一方で、訪日客数や旅行消費額はコロナ前を上回る勢いで伸びており、「お客様は戻っているのに、旅館は減っている」という奇妙な状況が起きています。なんでだろう?
帝国データバンクの分析では、倒産・廃業の7割以上が三大都市圏以外の「地方」に集中しているとされています。地方の老舗旅館や中小ホテルほど、老朽化や人手不足、物価高など複数の負担が一気に押し寄せ、「お客様はいるのに投資が追いつかない」というジレンマに直面しているのが現実です。
今後の宿泊業は、「客数を追う業界」から「投資回収できる運営をする業界」へ切り替えないと厳しい時代になります。

特に地方の中小旅館・ホテルは、次の5つの発想転換が欠かせないと思っています。
今こそ必要な「5つの発想転換」
- 稼働率至上主義をやめる(客室単価・粗利・人時生産性を重視)
- “古いままの良さ”を捨てる(老朽化は魅力ではなく、事故・不満・採用難の原因)
- 人手不足を気合いで埋めない(省力化投資を前提に設計)
- インバウンドを“来たら対応”で扱わない(市場別に商品設計)
- 単独で戦わない(地域連携・二次交通・体験連携まで含める)
どれも「分かってはいるが、日々のオペレーションに追われて手をつけられない」テーマ…かもしれません。だからこそ、一つひとつを「現状ありがちな姿」と「これから取るべき打ち手」に分けて整理してみます。
1. 稼働率至上主義をやめる
多くの旅館が、長年「稼働率」を最重要指標にしてきました。平日の穴を埋めるために格安プランを増やし、手数料の高いOTA 経由の予約を増やすことで、「客室は埋まっているのに、利益が残らない」という状態になりがちです。
帝国データバンクの調査によれば、倒産・廃業に追い込まれた宿の多くは、コロナ禍で増えた債務の返済、人件費や光熱費の高騰に耐えきれなかったとされています。「埋めるための値下げ」を続けるだけでは、老朽化した設備を更新する原資も、人を採用・育成する余力も生まれません。
これからの指標は、「稼働率」ではなく「投資が回収できているか」です。具体的には、次のような数字を見える化していくことが重要になります。
- RevPAR(ホテルや旅館の「販売可能な客室1室あたり」の収益)
- GOP(ホテルや旅館の「総売上から変動費や固定費を差し引いた」営業利益)
- 人時売上・人時粗利(スタッフ1時間あたりどれだけ稼いでいるか)
「平日を安く埋める」発想から、「しっかり利益の出る日を増やす」発想へ。これができて初めて、老朽化対策や人手不足対策に回せるお金が生まれます。

宿泊業はどうしても「稼働率」「満室」が目立つ指標です。もちろん大事です。ですが、それだけを追うと危険です。「売上」ではなく「残る利益」と「回る現場」で見るということです。
2. “古いままの良さ”を捨てる
地方の老舗旅館には「昭和レトロ」「昔ながらの湯治場」といった魅力があります。ただし、それと『老朽化した設備』は、まったく別の話です。帝国データバンクのデータでは、近年、倒産要因として「老朽化」「修繕」「故障」などを含むケースが増えており、直近5年間では約15%を占めるとされています。
富山県の老舗旅館「喜泉閣」のように、歴史や知名度があっても、老朽化した設備の修繕費を確保できず、破産に至った事例も出ています。「古いまま」を残すことが、必ずしもお客様の満足や安全につながるわけではありません。むしろ、次のようなリスクが高まります。
- 水回り・空調・配管などのトラブルによるクレームや事故
- 写真では伝わらない古さに対する、チェックイン後の落胆
- 若いスタッフ・後継者の採用難(働きたくなる職場に見えない)
大切なのは「残すべき古さ」と「更新すべき設備」をきちんと分けることです。建物の意匠や歴史ある意匠は残しつつ、耐震性・水回り・ベッド・Wi-Fi・照明など、安心や快適さに直結する部分は計画的に更新していく必要があります。ここで、デザインの役割が大きくなります。
「古さ」を味わいとして活かしながら、安全・清潔・快適を両立させるリノベーション設計や、写真・Web上での見せ方次第で、同じ建物でも「古くて不便な宿」にも「味わいのある快適な宿」にも見えてしまうからです。

価格競争に入る宿ほど「部屋数」「広さ」「設備一覧」だけで勝負しがちです。でもお客様が買っているのは、本当は部屋そのものではなく、その宿で過ごす時間の価値です。
3. 人手不足を気合いで埋めない
地方の旅館ほど、「人手がいないけれど、なんとか回す」状況に置かれがちです。中抜けシフト、長時間労働、ベテラン頼みの属人オペレーションは、「頑張っているうちは回せるけれど、新しく人が入ってこない」悪循環につながります。
帝国データバンクも、宿泊業の倒産要因として人手不足と人件費の高騰を挙げており、「人が集まらないこと」がそのまま経営リスクになっていると指摘します。人手不足を「気合い」で埋め続けるやり方は、早晩限界が来ます。
これから必要なのは、「省力化を前提にしたオペレーション設計」です。例えば次のような取り組みです。
- 予約〜チェックインのオンライン化(事前決済・事前登録でフロントの手間を削減)
- 館内導線の見直し(スタッフが何度も往復しなくて済むようにレイアウトを変更)
- よくある問い合わせを、サイン・ピクトグラム・客室内タブレットなどで自己解決してもらう仕組みづくり
ここでも、デザインが大きな武器になります。「館内のどこに何を表示するか」「どんな表現なら一目で伝わるか」といった情報設計を工夫すれば、スタッフがわざわざ説明しなくても済む場面を着実に減らせます。
4. インバウンドを“来たら対応”で扱わない
インバウンド需要は回復どころか、「量」から「質」へと明確に軸足を移し始めています。訪日客1人あたりの支出額はコロナ前比で2割以上増加し、高単価な体験やサービスへの需要が高まっているとの分析もあります。(中国からの訪日客が減ったとはいえ、です)
ところが現場では、「海外のお客様が増えたから、とりあえず英語ページ」「翻訳アプリでなんとか」という“来たら対応”になりがちです。これでは、高付加価値を求めるお客様を取り切れず、「せっかく来てくれたのに、価格に見合う体験を提供できなかった」という残念な結果になりかねません。
これからのインバウンド対応で重要なのは、大きく2つです。
- 国・地域ごとに「商品そのもの」を設計すること
- 言葉が違っても伝わる「情報のわかりやすさ」をつくること
4-1. 市場別に商品を設計する
- 近距離圏(韓国・台湾・香港など):
短期滞在・リピーターが多く、食・温泉・買い物など「短時間で満足度が高い体験」に強いニーズ。 - 欧米豪:
滞在日数が長く、文化体験・自然体験・地方分散へのニーズが高い。1人あたり消費額も高めです。
それぞれの市場に対して、
- どんな体験を
- どの価格帯で
- どのチャネル(OTA、自社サイト、旅行会社など)で売るのか
をあらかじめ決めておく必要があります。
「海外からも予約できるようにしておく」だけでは足りません。むしろ、「どの国の、どんなお客様に来てほしいのか」を先に決め、それに合わせてプラン名・写真・説明文・館内の案内内容までを設計することが、インバウンドで単価を上げる近道になります。

「みんなに来てほしい」は、実質的には誰にも刺さらないことが多いです。まず必要なのは、ターゲットの解像度です。
4-2. ピクトグラムで「わかる」宿にする
もう一つのカギが、「言葉が違っても迷わない情報設計」です。ここで力を発揮するのがピクトグラム(絵文字・アイコン)です。
多言語対応の専門家も、案内表示やメニュー、パンフレットにおいてピクトグラムを併用することで、言語を問わず直感的に情報を伝えられ、訪日客のストレスを減らせると指摘しています。民泊やホテルでも、ハウスルールや館内案内をピクトグラム化することで、トラブルや説明対応の手間が減り、ゲストとのコミュニケーションがスムーズになった事例が増えています。
具体的には、次のような場面でピクトグラムが役立ちます。
- 館内サイン:
大浴場、レストラン、トイレ、エレベーター、喫煙所、ランドリー、駐車場、Wi-Fiなどの場所案内。 - 安全・ルール:
避難経路、非常口、入浴マナー、撮影禁止エリア、子どもの利用制限など。 - 食事・アレルギー:
ビュッフェの料理に食材ピクトグラムを付け、アレルギーや宗教的禁忌(豚肉・牛肉・アルコールなど)を一目で伝える。 - Web・パンフレット:
「子連れ歓迎」「ペット可」「ユニバーサルルームあり」「ベジタリアン対応可」などをアイコンで整理。
ピクトグラムの導入は、単なる「親切」ではありません。
- スタッフに聞かなくても分かる情報が増える → 人手不足の中でも回しやすくなる
- ルール違反や事故が減る → クレーム防止・評価向上につながる
- 海外ゲストが安心して過ごせる → 口コミや再訪につながる
という、れっきとした「投資回収を助ける施策」です。
5. 単独で戦わない(地域連携・二次交通・体験
どれだけ良い宿でも、「行きにくい」「まわりに何もない」印象が強いと、選ばれにくくなります。インバウンドや富裕層旅行では特に「地域全体としてどんな滞在ができるか」が重視される傾向があります。
一方、多くの地方では鉄道やバスなどの公共交通が減便・廃止され、二次交通の弱さが観光の足かせになっています。経済団体も、地方への観光客の受け入れや地域経済活性化のためには、二次交通の確保が重要課題だと指摘しています。
この状況で旅館が「うち一軒だけ」で戦うのは限界があります。これからの方向性として、次のような動きが重要になります。
- 近隣の旅館・ホテル、飲食店、体験事業者と連携し「滞在モデルコース」を作る
- タクシー会社やレンタサイクル、送迎サービスなどと協力して、二次交通の選択肢を増やす
- DMOや観光協会と一緒に、「エリア全体のブランド」と「共通の情報発信」を行う
ここでもデザインが活きてきます。
- エリアマップやモデルコースのデザイン(紙・Web・館内掲示)
- 地域共通のピクトグラム・案内サイン(駅・バス停・各施設で同じアイコンを使う)
- エリア全体のロゴ・カラー・トーンを揃えたブランド設計
「行きにくい地方の小さな宿」が、「行くと面白いエリアの一部」になれるかどうか。そのカギは、個々の宿の努力だけでなく、地域連携と、それを支える情報デザイン(地域の滞在設計)にあります。

地方の宿ほど、宿単体の魅力だけでは限界があります。勝負になるのは、宿+地域体験の組み合わせです。
6. その中でも「ピクトグラム」が効く理由
ここまでの5つの発想転換は、どれも簡単ではありません。ただ、その中でも「4.インバウンド対応」「3.人手不足対策」「5.地域連携」の3つを同時に前進させるツールとして、ピクトグラムは非常にコスパの良い投資です。
6-1. 多言語対応を一気に前進させる
案内表示やパンフレットを全て日本語・英語・中国語…と並べると、情報量が増えすぎて読まれません。ピクトグラムを軸にし、必要なところだけ主要言語を併記するほうが、見やすく、作る側の負担も軽くなります。
6-2. 人手不足を補う「無人スタッフ」になる
「フロントに聞かなくても分かる」「館内で迷わない」状態を作ることは、スタッフの負担軽減に直結します。チェックイン機まわりやエレベーター前、大浴場の入口など、「いつも質問が多い場所」に的確なピクトグラムを置くだけで、対応件数を減らすことができます。
6-3. 地域で共通化すれば、エリア全体の価値が上がる
旅館ごとにバラバラのサインではなく、駅・バス停・観光案内所・各施設で同じピクトグラムを使えば、エリア全体が「わかりやすい地域」になります。これは、二次交通の弱さを少しでも補う大きな武器になります。

「マークを置けば分かりやすくなるでしょ」は半分正解で、半分間違いです。ピクトグラムは、置くだけでは機能しません。効くかどうかは、設計で決まります
7. MRDとしてお手伝いできること
7-1. 「投資回収できる宿」にするためのデザイン設計
- Webサイトやパンフレットだけでなく、「館内サイン」「ピクトグラム」「動線」を含めたトータル設計
- 「誰に・いくらで・どんな体験を売るか」を整理した上で、見せ方と伝え方を一体で設計
- 安売りに頼らず、「古さを活かしつつ安心・快適な宿」に見せるための写真計画・コピーライティング
7-2. ピクトグラム・館内サインの設計
- 既存の掲示物(貼り紙・注意書き・案内板)を棚卸しし、「本当に伝えたいこと」に整理
- 国内外のお客様に通用するピクトグラムをベースに、旅館ごとの個性を加えたオリジナルサインを設計
- 地域全体で使い回せる共通ピクトグラムのご提案(観光協会・DMO との連携も視野)
7-3. インバウンド市場別の商品・情報設計
- 多言語翻訳とピクトグラムを組み合わせた、過不足のない情報設計
- 「どの国・地域に、どんな体験を、いくらで売るか」の整理ワークショップ
- その内容を、OTA・自社サイト・パンフレット・館内案内に一貫して落とし込むデザイン作業
まとめ:客数より「投資回収」を見据えたデザインを
インバウンドが増え、数字の上では好調でも、地方の老舗旅館を中心に倒産や廃業が増えているのが今の日本の宿泊業界です。この状況を乗り越えるには、「客数を追う」発想から、「投資回収できる運営」を前提にした発想への転換が欠かせません。
- 稼働率至上主義をやめ、単価・粗利・人時生産性を見ること
- “古いままの良さ”に甘えず、安全と快適さに必要な投資を行うこと
- 人手不足を気合いではなく、省力化設計で乗り越えること
- インバウンドを“来たら対応”ではなく、市場別に設計して迎え入れること
- 単独ではなく、地域連携と二次交通・体験まで含めて戦うこと
その中でも、ピクトグラムや館内サイン、Web・パンフレットの情報設計といった「デザイン」の力で改善できる部分は数多くあります。MRDでは、こうした「投資回収できる宿」を目指す旅館・ホテルの皆さまと一緒に、現場目線の情報設計とデザインづくりをお手伝いしていきたいと考えています。

宿泊業のこれからは、「英語ができるか」より前に、言葉に頼りすぎない設計ができているかが問われる時代なのかもしれません。
