企業はつい、「いまお金をたくさん落としてくれるお客様」に視線が集中します。しかし、その結果として「これから育つはずだった未来の顧客」を失っていないか―。
10代の「マンガ離れ」と、東京ディズニーランドとUSJのコントラストは、この問いを考えるうえで格好の材料です。

事例①:10代の「マンガ離れ」が示すもの
全国学校図書館協議会の「学校読書調査」を見ると、マンガの読書率は1985年から1995年にかけて、すでに減少傾向に入り始めていました。その後のベネッセ教育総合研究所と東京大学の調査によれば、2023年時点で「紙のマンガ」を読む子どもの割合は、小学生68%、中学生60%、高校生49%まで低下しています。1985年と比べると、いずれも20ポイント以上の減少です。
同時に、「読書時間0分」と答える子どもが約半数に達しているというデータもあります。ここには、「マンガが嫌いになった」というより、「本を読む習慣そのものが、子ども世代から抜け落ちつつある」現実が見えます。
一方で、マンガ市場全体の売上は電子コミックの伸長もあり、近年は過去最高水準と言われています。つまり、「市場の売上」と「子どもの読書率」が逆方向に動いているわけです。
このねじれの背景には、マンガビジネスの重心が「大人向け課金」に寄ってきた構造があります。
- 単価の高い単行本
- 電子コミックのまとめ買い・サブスク
- 大人がターゲットの濃い作品・続編・スピンオフ
- アニメ・映画化に伴うグッズやイベント
こうした「今しっかりお金を払ってくれる40〜60代」に向けた商品・サービスは、企業から見ればとても効率の良いビジネスです。その一方で、かつて入口だった「安価なマンガ雑誌」や「子どもが気軽に手に取れる読み物」は細り、学校やまちの本屋からも“入口商品”が消えていきました。結果として起きているのは、
- 売上は伸びている
- しかし、新しく読書習慣を持つ子どもは減っている
という構図です。利益率の高い既存ファンのLTVを最大化するあまり、「新しい読者を育てる」という発想が後景化した。 そのツケが、「10代のマンガ離れ」という形で表に出てきているとも読みとれます。
これは、どの業界にも起こりうる話です。若い世代に向けた「薄利な入口商品」や「採算が見えにくい体験」を削り続けると、10年後の顧客候補そのものがいなくなってしまうのです。
事例②:東京ディズニーランドとUSJの分かれ道
同じ構図は、日本を代表するテーマパークにも見てとれます。
東京ディズニーリゾートは、コロナ禍からの回復後、入園者数はおおむね横ばいに近い水準にあります。しかし、チケットの値上げ、変動価格制の導入、プレミアアクセス(有料の時間短縮サービス)、グッズや飲食の高付加価値化により、「1人あたりの売上」は大きく伸び、過去最高レベルの売上・利益を記録しています。

実際、オリエンタルランドの2024年度売上高は6793億円で過去最高水準です。チケット価格も変動価格制のもとで大人1デーパスポートが7,900円〜10,900円となっており、客単価を高める設計が進んでいます。
つまり、戦略の重心は明確に「客単価の向上」、言い換えれば「ディズニーに高い価値を感じ、しっかりお金を使ってくれるファン」のLTV最大化に置かれています。何度も訪れるコアファンを前提に、より高額な体験・サービスを用意していく方向です。
一方、USJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)はどうでしょうか。
USJは近年、世界のテーマパークランキングで来園者数が世界3位、日本国内では東京ディズニーランドを上回る年も出てきました。映画ファンだけでなく、ファミリー層、若者、さらにはインバウンド客を明確にターゲットとし、ゲームやアニメとのコラボ、子ども向けエリアの強化など、「新しく来る人」を増やすマーケティングを徹底してきました。
USJが行ってきたのは、
- すでにファンである人の満足度を高める
だけでなく、 - 行ったことがない人
- しばらく行っていない人
- 子どもが小さくてテーマパークデビュー前の家族
といった「未来の常連候補」に向けて、入口のハードルを下げ、魅力を強く打ち出すことでした。
ここでも、対比はシンプルです。
- 東京ディズニーランド:
- 客単価を上げることで、「今来てくれる人の中で、よりお金を使ってくれる層」にフォーカスする傾向が強まっている。
- 価格の上昇や有料サービスの増加は、「一生に何度も行く場所」から「たまに行く高級テーマパーク」へとイメージを変えてしまうリスクも孕む。
- USJ:
- 「まだファンになっていない人」「これから育てたい人」を明確に想定し、その層に刺さるコンテンツ・コラボ・体験を投資してきた。
- 結果として、来園者数そのものを増やし、話題性も高めている。
ここでもやはり、利益率の高い顧客だけを見るのか、未来の顧客を育てる投資もするのかの違いが、じわじわと差になって表れているように見えます。

ディズニーは「深く楽しむ人」「高く払ってでも満足したい人」に強い。USJは「まず行ってみたい」「一度体験したい」という入口の広さに強い。どちらが上か、という単純な話ではありません。ただ、マーケティングとして見るなら、利益率を高める設計は、しばしば入口を狭くするということです。
マンガとディズニーに共通していること
マンガとディズニー/USJの2つの事例から浮かび上がるのは、とても単純な原則です。
利益率の高い顧客ばかり見ていると、未来の顧客を失う。
短期的には、利益率の高い既存顧客にフォーカスするほうが、数字はきれいに見えます。値上げや高付加価値化は、ある程度までは有効ですし、「よく買ってくれるお客様」を大事にすることは当然です。
ただしそれと同時に、次の問いを意識的に持てるかどうかが、10年後の姿を分けます。
- 10年後、20年後の「理想の顧客像」は誰か
- その人たちは、今どこで何をしているのか
- 彼らのための「入口商品」や「入口体験」を、きちんと用意できているか
- それを「コスト」ではなく、「未来の顧客を育てる投資」として捉えられているか
具体的には、こんな打ち手が考えられます。
- 若い世代向けの、採算度外視の入門サービスやお試しプランを残す
- 子ども・学生向けのイベント、見学、体験の場をつくる
- 将来顧客になりそうな層に向けて、情報発信やコンテンツを地道に続ける
- 親世代だけでなく、子ども・若者にとっても「身近な存在」になる工夫をする
どれも短期の利益率だけを見ていると真っ先に削られがちなものですが、マンガ市場や東京ディズニーランドの変化を見ると、「ここを削ることの怖さ」は十分に伝わってきます。
中小企業のマーケティングでも、同じことが起きる
これは大企業だけの話ではありません。むしろ中小企業こそ、他人事ではありません。
たとえば、
- 高単価客ばかりを見て、初心者向けサービスをなくす。
- 問い合わせのハードルを上げる。
- 専門用語だらけで、初見の人には何の会社かわからない。
- 「本気の客だけ来ればいい」という空気を出す。
こういう会社は、既存客からは評価されても、新規が細ります。そして数年後、こうなります。「売上はそこそこある。でも、次の客がいない。」
重要なのは、売上の増加と、顧客基盤の健全さは別物だということです。
おわりに
マンガ大国ニッポンで進む「10代のマンガ離れ」。そして、客単価を上げることで利益を伸ばす東京ディズニーランドと、「新しい来園者を増やす」方向に舵を切ったUSJ。これらは、どれも私たちに同じ問いを投げかけています。
あなたの会社は、「今の優良顧客」だけを見ていないか。
それとも、「未来の顧客」を育てるための入口を、意識的に設計しているか。
MRDとしては、クライアントの皆さまと一緒に、
- 目先の利益率だけにとらわれない
- 「入口」と「育成」の視点を含んだマーケティング設計
を考えていきたいと思います。
