「円安になれば、製造業(工場)は日本に戻る!」。
この話、気持ちは分かります。でも、工場の採算は為替だけで決まりません。特に見落とされがちなのが電気代。今の日本で、粗利をじわじわ削っている代表的なコスト要因が「電気代」です。
円安で利益が増えても、日本の電気代が高いと、粗利がごっそり削られる。今日はそれを数字で見ていきます。
目 次
円安で増えるのは「売上」ではなく「粗利」か?
まず、円安メリットを粗利ベースで考えてみます。
- 為替:1ドル=100円 → 160円
- 販売価格:1ドル/個(ドル建て価格は変わらないと仮定)
- 変動費:0.6ドル/個(材料・加工・電気など、どこで作っても同じ水準と仮定)
1ドル=100円のとき
- 売上:100円
- 変動費:0.6ドル×100円=60円
- 粗利:40円/個
1ドル=160円のとき
- 売上:160円
- 変動費:0.6ドル×160円=96円
- 粗利:64円/個
粗利は40円→64円で、+24円/個(+60%)。
この計算だけ見れば「円安最高、国内生産で攻めよう」と言いたくなります。
ただし、この+24円は「世界のどこで生産しても」得られる為替差益であって、「日本に工場を戻したから」生じる追加メリットではありません。日本回帰を考えるなら、ここからさらに「日本特有のコスト差」、つまり人件費・電気代・土地・環境対応コストなどを引いていく必要があります。
電気代という“見えにくい敵”
ここ数年、法人向け電気料金はかなりのスピードで上がってきました。
- 高圧電力単価は、2020年比でピーク時約2.1倍にまで上昇、その後も高止まりが続いています。
- 特別高圧では、2021年頃に10円/kWhを割り込んでいた地域も、2023年には24円/kWh前後まで約2.5倍に跳ね上がりました。
- 2026年時点の全国平均でも、高圧はおおよそ20円/kWh前後、低圧は26円/kWh台と、歴史的に見ても高水準ゾーンにいます。
日本は一次エネルギーの多くを輸入に頼っており、円安は燃料の仕入価格をさらに押し上げます。結果として、製造業にとっては「円安で輸出価格競争力アップ」よりも、「電気代の高騰でコスト増」という逆風の方が実感として強くなっているケースも少なくありません。

射出成形で「円安メリットが電気代で消える」を計算
では、次に具体的な産業を通して見ていきましょう。
MRDは射出成形産業にも携わっていますので射出成形の工程で仮説を立ててみます。
射出成形は、ヒーター加熱・モーター駆動・乾燥機・チラー・コンプレッサーなど、電力を多く使うプロセスです。ある業界向けのガイドラインでは、成形工場の電力使用のうち、射出成形機本体だけで50〜70%、乾燥機で10〜30%、チラー・温調・コンプレッサーで残りを占めるとされています。
ここで、感覚を共有するために「1個あたりコスト」を簡略モデルで組んでみました。
ケースA:海外工場で生産
- 製品:自動車向け小物樹脂部品
- 為替:1ドル=160円
- 販売価格:1ドル/個(160円)
変動費の内訳(海外)
- 材料費:50円
- 加工費(人件費+償却+電気):35円
- うち電気代:10円(電力単価が日本より低い前提)
- その他変動費:11円
合計変動費:96円
粗利:160 − 96 = 64円/個
ケースB:工場を日本に戻す
条件を、次のように設定してみます。
- 材料費:グローバル価格なので50円のまま
- 人件費・償却:海外より10円高い(35円の構成の一部が+10円)
- 電気代:単価が2倍と仮定し、10円→20円(同じkWhを使う前提)
- その他変動費:11円
すると、日本での変動費は
- 材料費:50円
- 加工費:45円(うち電気20円)
- その他変動費:11円
- 合計変動費:106円
粗利:160 − 106 = 54円/個
まとめると…
| 生産拠点 | 為替 | 売上/個 | 変動費/個 | うち電気代 | 粗利/個 |
| 海 外 | 160円 | 160円 | 96円 | 10円 | 64円 |
| 日 本 | 160円 | 160円 | 106円 | 20円 | 54円 |
円安によって理論上は粗利が40円→64円と+24円増えているのに、日本へ拠点を戻すと、そのうち
- 電気代の増加:+10円
- 人件費・償却の増加:+10円
で、合計20円が消え、手元に残るのは+4円だけというイメージです。

実際の数値は製品や工場によって違いますが、「円安で増えた粗利が、電気代と人件費でほとんど相殺される」という構図は十分に起こりうることが、電力単価のデータや成形工場の電力比率からもイメージできます。
160円でも「工場が簡単には戻らない」理由
では、なぜ「1ドル=160円」という円安水準でも、工場(製造現場)が一斉に日本へ戻らないと想像できてしまうのか。ポイントは大きく分けて次の3つです。
- 為替は“変動要因”、電気代は“構造要因”
- 設備投資は5〜10年スパンで採算を見ます。
- 一時的な円安では投資判断はしづらく、むしろ「将来の円高リスク」も織り込みます。
- 日本の構造コスト(人件費+電気代)が依然として重い
- 電気代は2020年以降、法人向けで約2倍規模の値上がりを経験し、高止まりしています。
- エネルギー輸入依存と人口減少という構造要因があり、「電気が安い国」にはなりにくい状況です。
- 国内回帰の主因は円安ではなく、リスク分散
- 近年の国内回帰は、地政学リスク・サプライチェーンの分断・輸送コスト高騰など、複合要因で起きています。
- 円安はその“追い風”ではあるものの、「円安だけで国内回帰を決める」企業は多くありません。

つまり、1ドル160円という水準は確かに輸出企業に追い風ですが、そのメリットを食ってしまう「電気代」と「人件費」の構造的な重さがある限り、「円安=工場が戻る」とはなりません。
射出成形の現場視点での示唆
射出成形の現場レベルに落とすと、もう一つ重要なポイントが見えてきます。それは「工場をどこに置くかより、電気をどう使うかで勝負が決まる」という視点です。
- 成形機本体が工場電力の50〜70%を占めるため、省エネ機への更新や条件最適化で30〜70%の省エネ効果が見込めるケースがあります。
- ヒーター立ち上げや待機時間のムダを見直すだけで、単一工場で年間数十万〜数百万円の電力コスト削減に成功した事例も報告されています。
円安の有無に関わらず、射出成形工場の競争力を決めるのは
- 1ショットあたりの電力量(kWh/ショット)をどれだけ下げられるか
- 稼働率・段取りを見直して、ムダな待機電力をどこまで削れるか
といった「kWhの使い方」ではないでしょうか。
まとめ:為替より“kWh”を見る
円安160円の世界で、「円安になれば工場は戻る」と語るのは、売上だけを見て粗利の計算をしていない議論です。製造業の投資判断を本当に左右しているのは、為替ではなく、電気代を含む構造的なコストと、地政学・サプライチェーンリスクです。
だからこそ、射出成形のような電力多消費型の現場では、「円安だ!ラッキー!」ではなく「1ショットあたり何kWhで作れるか」を見に行くことが、国内でも海外でも生き残る唯一の道筋になるはずです。
おまけ|円安希望篇:全部は戻らない。でも「勝てる部分」は自分たちで増やせる!
為替だけで、数十年かけたグローバル分業が全面回帰することは考えにくいです。起きるとしても限定的(選択的)です。ただし、そこで話を終わらせる必要はありません。
希望は「全部が戻る」ことではなく、国内で勝てる領域を設計し直すことにあります。円安は、その再設計を後押しする追い風になり得ます。
希望1:戻すべきものは選べる(“選択的な国内強化”は現実的に起きる)
全面回帰は難しい。でも、次の領域は国内に寄せても成立しやすい。
- 高付加価値・小ロット(品質・仕様変更・納期が価値になる)
- 供給途絶が致命傷の領域(代替が効かない重要部品)
- 自動化できる工程(人手不足を吸収できる)
- 設計・試作・立上げ(現場と設計の往復が速いほど強い)
つまり円安は「回帰の魔法」ではなく、国内で勝てる領域に集中投資するための“追い風”として使うのが現実的です。
希望2:射出成形でも「量産を戻す」より「立上げで勝つ」なら希望がある
射出成形で希望があるのは、量産のコスト競争に正面から突っ込むことではありません。勝ち筋は “変化対応”と“立上げ” に寄せることです。
- 量産そのものより 金型・試作・条件出し・立上げ に価値がある
- 不良解析→改善→再トライ を最短で回せる会社が強い
- 結果として顧客の開発スピードが上がり、単価ではなく 「指名」 が取れる
この領域は、電気代よりも 設計連携と現場の反射神経が効きます。つまり、為替に振り回されにくい “実力で勝てる市場” に寄せられる。
希望3:希望を「実装」する3つの方法(円安を追い風に変える!)
希望を語るだけではなく、最後は行動に落としみましょう。やるべきことは3つです。
① kWh/個を下げる~追い風が“消えにくい体質”を作ろう
成形機単体ではなく、乾燥・温調・チラー・コンプレッサ・空調まで含めて“工場全体”で最適化します。ここが下がるほど、同じ円安でも「残る利益」が増えます。逆に、稼働率が落ちるほどkWh/個は悪化し、円安メリットは消えやすい。まず現状の 工場kWh/個 を把握するのが第一歩です。
② 粗利率を上げる
単価交渉だけでなく、以下で“粗利率”を上げるのが現実的です。
- 立上げ短縮(条件出しの標準化)
- 歩留まり改善(不良の再発防止)
- 品質保証の仕組み化(検査の属人性を減らす)
- 段取り時間の圧縮(チョコ停の可視化)
③ 「量産」より「立上げ・変化対応」を商品化しよう~国内の勝ち筋へ移動!
海外に強いのはコストの量産。国内が勝てるのはスピードと変化対応。試作〜量産立上げ、設計変更対応、短納期対応を“商品”として出せる会社は「国内に残る」ではなく 国内が主戦場 になります。
おまけ|円安希望篇:「全面回帰」ではなく「勝てる形に作り替える」こと
円安だけで産業は戻りません。でも、円安を追い風にして、
- 電気を食いにくい体質(kWh/個)を作り
- 粗利率を上げて
- 国内が勝てる領域(立上げ・変化対応)へ寄せる
この3つができれば、希望は“期待”ではなく 戦略になります。「戻るかどうか」を待つより、こちらで「戻したくなる条件」を少しずつ整えていく方が、現実的かもしれませんよ。
