「MVV(ミッション・ビジョン・バリュー)は壁に貼るお題目」だと思っていませんか。あと、「パーパス」も。

「うちみたいな中小(企業)に、MVV(ミッション・ビジョン・バリュー)なんて、いらないよ」

そう思っている社長さん、多いです。経験上、本当に多い。

実際、起業直後は必要ないかもしれません。自分の頭の中にあるもので十分回ります。しかし、人を雇った瞬間に、状況は一変します。

まず、考えてみてください。あなたの「当たり前」は、隣の社員の「当たり前」ではありません。バラバラの価値観を持った人間が同じ方向を向くには、何が必要か。それが MVV(ミッション・ビジョン・バリュー)です。

きれいごとではありません。MVVは経営ツールです。

MRD通信

2025年のタナベコンサルティングの調査では、パーパス・MVVの策定・見直しを「実施した」企業が57.8%。前年の38.8%から大幅に増加しています。

ただし、企業規模で差があります。大企業の実施率が66.7%、中堅企業が61.5%に対して、中小企業は43.3%。まだ半数以上が未着手です。

中小企業白書(2022年版)のデータでは、約9割の中小企業が何らかの経営理念を「定めている」と回答する一方、長期ビジョンを構築しているのはわずか19.2%。大企業(51.9%)との差は歴然です。

つまり、「理念は一応ある」けれど「ビジョンとして構造化・言語化できていない」のが中小企業の実態です。

① 人が辞める

厚生労働省の調査によれば、従業員5~29人の企業の離職率は18.0%。1,000人以上の企業(12.8%)と比べて明らかに高い。もちろん原因はMVVだけではありません。しかし、「この会社はどこに向かっているのか分からない」という不安は、退職理由の上位に必ず入ります。

実際、エンゲージメントが高い社員の離職率は1.2%、低い社員は9.2%。約8倍の差があります。そしてエンゲージメントを左右する最大の要因のひとつが、「会社の方向性への共感」、すなわちMVVです。

② 判断がブレる

社長がすべて判断できるうちはいいでしょうね。でも、5人、10人、20人と増えたとき、「これ、どうしたらいいですか?」の質問は爆発的に増えますよ。

判断基準がMVVとして言語化されていれば、社員は自分で考えて動けます。中小企業白書でも、経営理念が全社的に浸透している企業ほど「経営判断のよりどころになっている」と回答しており、浸透度と労働生産性の上昇幅にも正の関係が確認されています。

③ 採用のミスマッチが起きる

MVVがない会社の採用は、条件面(給与・勤務地・福利厚生)だけの勝負になります。条件で選ばれた人は、条件で去ります。

逆に、MVVに共感した人材は「この会社で働く理由」を持っています。だから粘りが違うのです。

MVVは「作る」だけなら簡単です。問題は「浸透させる」こと。ここで多くの企業がつまずいています。

ある調査では、社員の45.4%がMVVの存在自体を認知していないという衝撃的なデータがあります。作ったのに半分の社員が知らない。これでは額縁の飾りと言われても仕方ありません。よくある失敗パターンは3つ。

① 抽象的すぎる。
「誠実」「挑戦」——聞こえはいいが、人によって解釈が違います。ある社員は「納期を守ること」、別の社員は「品質を妥協しないこと」。抽象的な言葉は行動を統一しません。

② 社長自身が体現していない。
「挑戦を称賛しよう」と掲げながら、失敗した部下を会議で叱責する。社員はポスターの言葉より、社長の背中を見ています。

③ 評価に紐づいていない。
バリューを体現しても評価されないなら、誰も守りません。人は評価される行動を繰り返す生き物です。

大企業のような大掛かりなプロジェクトは不要です。中小だからこそ、シンプルに始められます。

ステップ① まず、社長の言葉で「なぜこの商売をやっているか」を書く。
かっこいい言葉はいりません。飲みの席で語る「本音」のほうが、よほどミッションに近い。

ステップ② 3年後にどうなっていたいかを描く。
売上目標ではありません。「どんな会社でありたいか」です。これがビジョンです。

ステップ③ 「うちの社員はこう動いてほしい」を3つだけ決める。
3つ以上は覚えられません。行動に落とし込める具体的な言葉で。これがバリューです。

ステップ④ 評価・採用・日常の会話に組み込む。
朝礼で唱和しろとは言いません。面接で聞く。評価面談で使う。会議の冒頭で立ち返る。「使う仕組み」に組み込むことで、初めて浸透します。

中小企業白書でも、浸透している企業に共通する取り組みとして「経営者からの積極的なメッセージの発信」と「従業員との日々のコミュニケーションでの啓蒙」が5割以上で挙げられています。

最近よく聞く「パーパス経営」という言葉。MVVと何が違うのか、混乱している方も多いと思います。

一言で言うと、MVVは「内向き」、パーパスは「外向き」です。

MVVは組織を束ねるための内部ツール。「何をやるか」「どこへ向かうか」「どう行動するか」を言語化して、社員の判断軸を揃えます。

パーパスはその一歩手前にある問いです。「この会社は、なぜ社会に存在するのか」。社内だけでなく、顧客・取引先・地域社会に対して表明する、企業の存在理由です。

図式にするとこうなります。

パーパス(Why ── なぜ存在するか)
 ↓
ミッション(What ── 何をやるか)
 ↓
ビジョン(Where ── どこへ向かうか)
 ↓
バリュー(How ── どう行動するか)

パーパスはMVVの「土台(絵で言うと、もっとも最初に考えること)」に位置するもの、と考えると分かりやすいと思います。ただ、中小企業が最初からパーパスとMVVを別々に構えようとする必要はありません。

まず「なぜこの商売をやっているか」を社長の言葉で書く。それが実質的にパーパスでもあり、ミッションの原石でもあります。大切なのは言葉の分類より、「言語化して、人と共有する」という行為そのものです。

規模が大きくなり、社会に向けて企業の存在意義を発信する必要が出てきたとき、自然とパーパスという概念が意識されてきます。その順番で十分です。

MVVは、バラバラの価値観を持つ人間を同じ方向に揃えるための経営の実務ツールです。

人が1人でも増えた瞬間、「なぜやるのか」「どこに向かうのか」「どう行動するのか」を言語化する責任が経営者には生まれるものだと思います。

壁に貼るお題目にするか、毎日使う経営ツールにするか。違いは、「作るかどうか」ではなく、「使う仕組みがあるかどうか」です。

MVVをまだ持っていない社長へ。
遅いということはありません。ただ、1人でも社員がいるなら、今が「遅くない最後のタイミング」かもしれませんよ。

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