観光地の話になると、つい「何があるか」に目が向きます。有名な景色があるか。名物があるか。写真を撮りたくなる場所があるか。もちろん、それらは大切です。ただ、いま観光地の明暗を分け始めているのは、そこだけではないような気がしています。
先に問われているのは、その街で、どれだけ無理なく動けるか、どうか。
駅に着いてから迷わないか。
歩いて回れるか。
スマホで必要な情報がすぐ見つかるか。
車がなくても、気持ちよく過ごせるか。
首都圏や京阪神の若い世代を中心に、「車が前提ではない生活」は、もう珍しいものではなくなっていますが、と同時に、その変化は観光地の選ばれ方そのものも変え始めていると思うのです。

目 次
「若者の車離れ」は、もう雰囲気論ではない
まず押さえておきたいのは、車を前提にしない若い世代が、実際に増えているということです。
ソニー損保の2026年調査では、20歳の普通自動車免許保有率は51.3%。都市部では46.8%まで下がっており、2023年の61.2%から3年連続で低下しています。つまり大都市圏では、免許を持っていることが当たり前ではない世代が、すでにかなりの厚みを持ち始めています。
ここを軽く見ると、観光地の設計は簡単に古くなります。
少し前までは、「最終的には車で来るだろう」「家族やカップルでドライブして来るだろう」という前提が、どこかにありました。でも今は、その前提自体が崩れています。
車を持っていない。免許を取っていない。取っていても、普段は運転しない。そういう人たちが、特に都市部ではもう珍しくありません。
観光地側が見るべきなのは、“車に乗る人が減った”という表面的な話ではなく、移動の標準が変わりつつあるという現実です。
パスポートを持たない人の多さも、国内観光の前提を変える
もう一つ、見逃せない数字があります。パスポートです。
外務省によると、2025年末時点の有効旅券数は約2,282万冊。同時期の総人口は約1億2,316万人ですから、単純計算の旅券保有率は2割を下回ります。
もちろん、ここから「だから国内旅行が必ず伸びる」と一直線には言えません。海外旅行に行かない理由は、旅券の有無だけではないからです。為替、航空券価格、休みの取り方、そもそもの旅行意欲。いろいろな条件が重なります。ただ、それでも確実に言えることがあります。
それは、海外を前提に動く層より、国内で完結する移動習慣を持つ層のほうが圧倒的に厚いということです。その人たちにとって現実的な選択肢は、やはり国内移動です。そして、その国内移動の中心が、車ではなく、公共交通と徒歩になっている人が増えている。観光地の競争は、ここを前提に組み直す段階に入っています。
スマホは「暇つぶしの道具」ではなく、生活の操作盤になった
次はスマホです。若い世代の移動を考えるとき、スマホの存在は避けて通れません。NTTドコモ モバイル社会研究所の調査では、全体の約8割が「スマホ・ケータイを忘れると落ち着かない」と答え、若年層では9割に達しています。
「スマホ依存だから若者は運転したがらない」ということではありません。本質はそこではありません。
今のスマホは、連絡・検索・地図・予約・決済・撮影・SNS・動画視聴までを担う、生活の中枢、必須ツールです。だから移動時間の意味も変わります。
電車ならスマホを見られる。バスでも検索や連絡ができる。待ち時間ですら、自分の時間として使える。一方で、運転中は当然それができません。
つまり本当に起きているのは、スマホを見たいから運転しないという幼い話ではなく、公共交通のほうが、移動時間を“使える時間”にしやすいという価値観の変化です。この差は、かなり大きいわけです。

移動そのものが目的ではなく、移動中も含めて一日をどう使うか。そういう感覚で生きている世代にとって、車は必須の道具ではなくなってきています。
ただし「若者は車が嫌い」と決めつけるのもズレている
KINTOの2025年調査では、都内・地方ともにZ世代の約7割が「運転が好き」と回答しています。その一方で、都内では72.8%が「若者のクルマ離れ」を実感している。この二つは、矛盾ではありません。
好きでも、生活の中心には置かない。必要がなければ所有しない。維持費や駐車場代を払ってまで持たない。必要なときだけ別の手段を使う。そういう合理的な判断の結果として、車の優先順位が下がっているだけです。
つまり、若い世代に起きているのは車への拒絶ではなく、車の相対的な地位の低下です。
ここを間違えると、観光地側も「若者向けに車の魅力を訴えよう」のような、少しズレた方向へ行きやすい。そうではなく、考えるべきは車がなくても来やすいか|車がなくても現地で困らないかです。
レンタカーが伸びにくいのも「車利用の消滅」ではない
「若者はレンタカーも借りない」と言われることがあります。方向としては一理ありますが、ここも単純化しすぎると外します。消費者庁資料に引用された調査では、レンタカー利用経験は男性で5~7割程度、女性でも4割程度あります。一方で、若い世代ほどBtoCカーシェアの利用経験が高い傾向も見られます。
つまり起きているのは、車利用そのものの消滅ではなく、所有から必要時利用へのシフトです。
つまり観光地側は、「もう若者は車に乗らない」と極論する必要はありません。ただし、「自家用車前提の設計のままでいい」と考えるのは、もっと危険です。
必要なときだけ車を使う人もいる。でも、最初から最後まで車がないと成立しない観光地は、確実に母集団を狭めています。
これからの観光地は「何があるか」より「どう動けるか」で選ばれる
ここが、いちばん重要です。国土交通省や観光庁でも、観光地の課題として二次交通、つまり主要駅や空港から先の移動の弱さが挙げられています。
駅までは行ける。でも、その先が分かりにくい。バス本数が少ない。タクシーが捕まりにくい。現地に着いてからストレスが始まる。これでは、どんなに素材が良くても不利です。
いま観光地の競争力を分けるのは、名所の有無だけではありません。
駅に着いてから迷わないか。徒歩でどこまで楽しめるか。現地交通が分かりやすいか。雨の日でも崩れないか。スマホで必要情報がすぐ見つかるか。この総合点で、行き先が決まっていきます。

地方観光地の多くはまだここが弱い。景色はいい。食べ物もいい。歴史もある。でも、移動のしにくさで候補から落ちる。これは魅力不足ではありません。設計不足、観光(業)のデザイン不足です。
「食べ歩きが好き」は軽い話に見えて、実はかなり本質的
若者は食べ歩きが好きだ、という話もよく出ます。これも表面だけなぞると「映えるから」で終わりますが、本質はもっと構造的だと思っています。
なぜなら食べ歩きは、徒歩移動と相性がいいから。短時間でも満足をつくりやすく、複数の店を軽く回れて、一人でも楽しみやすい。写真にも残しやすい。つまり、今の都市生活者の感覚と非常に噛み合っています。
大きな一回の消費より、小さな満足をいくつか重ねる。歩きながら寄り道する。気分で予定を変える。疲れたら休む。また動く。このテンポ感が、公共交通と徒歩をベースにした観光とよく合います。
だから今後強いのは、「有名スポットが一つある場所」より、歩きながら体験をつなげられる街です。

これは観光だけの話ではありません。商店街、駅前、地域の個店、回遊導線。まちの設計全体に関わる話です。
これから強い観光地は「駅から体験が始まる場所」
ここまでの流れをまとめると、今後強くなる観光地の条件はかなり明快です。
駅に着いた時点で迷わない。徒歩圏にある程度の密度がある。途中で軽く食べたり休んだりできる。スマホで必要情報がすぐ分かる。日帰りでも満足できる。一人でも動きやすい。天気が崩れても完全には終わらない。こういう場所です。
こうした観光地は、若者だけに強いわけではありません。シニアにも、インバウンドにも、免許を持たない人にも開かれています。つまり市場が広い。
逆に苦しくなるのは、車前提のまま設計が止まっている場所です。
名所はある。景色もいい。でも、駅から遠い。バスが少ない。現地交通が分かりにくい。歩くとしんどい。雨の日の逃げ道がない。そういう場所は、素材が悪いのではなく、いまの生活者の移動現実に合っていないのです。
いちばん危ないのは「魅力があれば人は来る」とまだ思っていること
観光地の議論は、すぐに新名物をつくろう、映える仕掛けを増やそう、イベントを打とう、という方向へ行きがちです。でも、そこだけ見ていると外します。
今の時代、先に落とされる理由は魅力不足ではありません。面倒さです。
行きづらい。分かりにくい。つながっていない。歩きにくい。これだけで候補から外れます。
つまり、これからの観光地づくりで重要なのは、コンテンツを増やすことの前に、移動そのものを設計し直すことです。移動のしやすさは、おまけではありません。それ自体が商品です。ここを後回しにしたまま、発信だけ頑張っても、長くは効きません。
まとめ
今回の話は、「若者はスマホ依存だから車に乗らない」のような雑な決めつけで片づけるべきではありません。ただ、核の部分には、かなり確かな変化があります。
都市部若年層では免許非保有が進んでいる。パスポート保有率は高くない。スマホは生活インフラ化している。車は嫌われたというより、優先順位が下がった。そして観光地では、二次交通の弱さがはっきり課題になっている。
この流れを踏まえるなら、これからの強い観光地は明快です。
車で行く場所ではなく、車がなくても楽しめる場所。
名所がある(だけの)場所ではなく、歩いて回れる場所。
派手な仕掛けがある場所ではなく、迷わず過ごせる場所。

観光地の未来を分けるのは、景色(映えスポット)の差だけではありません。移動のしやすさを、どこまで本気で設計したか。その差が、これからじわじわ効いてくるはずです。
ちなみに…。レンタサイクルは増えています。特にシェアサイクルは伸びています。これは若者の「スマホ前提・所有しない・短距離を軽やかに移動したい」という感覚にはかなり合ってはいます。が、それは、あくまで徒歩と公共交通の延長線上に置いたときです。車の代替というより、駅から先の回遊を強くする補助輪として考えるのが正確です。観光地がこれを導入すれば勝てる!というほど単純ではないと感じています。あくまでも基本は「歩き」かと。
