円は、なぜ弱くなったのか。「買い叩かれる国」から抜け出すために中小企業が知っておくべきこと

「円安で助かっているのが外為特会(※)。これの運用で、今ほくほく状態」と高市首相が述べたことで、「円安って、そこまで喜ぶべきことの?」と感じた人も多かったのではないでしょうか。

少し前まで「円安は輸出企業に有利」と言われていました。確かに、自動車や電機メーカーが海外で稼ぐ利益は、円に換算すると膨らみます。しかし、そのメリットを享受できるのは、グローバルに展開する大企業の話です。(あと、外為特会も…)

国内を主戦場とする中小企業にとって、円安が意味するのは電気代の高騰|仕入れコストの上昇|輸送費の増大、そして「賃上げしたくてもできない」という現実です。

1ドル=150円台が続くいま、「これはいつ終わるのか」ではなく、「なぜこうなったのか」を問い直すことが必要な視点だと私たちは考えます。

※:正式名称を「外国為替資金特別会計」といい、国が為替相場の安定化や外貨準備の管理・運用を行うために設けている財務省所管の特別会計(政府専用の財布)です。

石油、天然ガス、石炭。小麦、飼料、肥料、食用油。工場で使う原材料や、包装資材、機械の部品。日本は、エネルギーも食料も、国内だけで十分にまかなえる国ではありません。私たちの暮らしや仕事は、思っている以上に海外から入ってくるものに支えられています。

それでも日本は長い間、豊かに暮らしてきました。会社も、工場も、お店も、家庭も、なんとか回ってきました。その背景には、日本の技術力や製造業の力があります。海外に投資して得ている収益もあります。働く人たちのまじめさや、現場の工夫もありました。そしてもうひとつ、大きかったのが「円の力」です。

円に力があれば海外から必要なものを買うことができます。燃料も買える。食料も買える。原材料も買える。日本は資源が少ないという弱点を円の購買力で補ってきた側面があります。

では、その円の力が弱くなったら、どうなるのでしょうか。答えは、とても身近なところに表れます。

  • 電気代が上がる。
  • ガソリン代が上がる。
  • 食品が上がる。
  • 包装資材が上がる。
  • 運送費が上がる。
  • 輸入原料が上がる。

家庭にとっても負担ですが、会社にとってはもっと深刻です。売上は急には増えません。でも、仕入れは上がります。電気代も上がります。人件費も上げていかなければなりません。すべてをすぐ価格に転嫁できるわけでもありません。

「お客様に言いにくい」「取引先に断られそう」「競合より高く見られたくない」。そう考えて価格を据え置くうちに、売上はあるのに、手元に残るお金が減っていきます。

黒字なのにお金が残らない。忙しいのに利益が薄い。仕事はあるのに余裕がない。円が弱くなる時代には、こういう会社が増えていく可能性があります。

なぜ円は弱くなったのか。よく言われるのは「日米の金利差」です。アメリカが高金利、日本が低金利で、そのギャップが円を売り、ドルを買う流れを生んだ、という説明です。これは正しいのですが、表面的な理由に過ぎません。

金利差があっても日本の「稼ぐ力」が強ければ円は自然と買われます。輸出が盛んな国の通貨は貿易取引のたびに需要が生まれるからです。問題の核心は日本の貿易収支の悪化にあります

かつての日本はモノを作って世界に売り、外貨を稼ぎ続ける「輸出大国」でした。しかし2011年の東日本大震災以降、原子力発電所の停止により化石燃料の輸入が急増。さらに製造業の海外移転が進み、「国内で作って海外に売る」という構造が崩れていきました。

輸出が減り、輸入が増えれば、円を売ってドルを買う動きが増える。円の需要が下がれば円の価値は下がる。これが構造的な円安の正体です。

通貨が安いとはどういうことか。シンプルに言えば、「日本のすべてが、外国人から見て割安になる」ということです。土地が安い。会社が安い。労働力が安い。観光地が安い。食事が安い。

外国人旅行者にとっては嬉しい話かもしれませんが、日本に暮らす私たちにとっては、資産の実質価値が目減りし続けているということを意味します。

実際ここ数年、都市部の優良不動産・農地・水源地・地域の中堅企業が海外資本によって取得されているケースが急速に増えています。これは「外資に買われた」という個別の問題ではなく、円安という構造が日本を「安売り」させているという国全体の問題です。

かつて1980〜90年代、日本企業がニューヨークのビルやハリウッドの映画会社を次々と買収したことを覚えているでしょうか。あの時代の日本には「円の強さ」がありました。つまり、通貨の強弱は、そのまま国の購買力と尊厳に直結するのです。

では、日銀が大幅に金利を上げれば円高になるのか。理論上はそうです。実際、日銀は約30年ぶりに政策金利を引き上げ、2025年以降は0.75%前後の水準で推移しています。長期金利も2%を超えました。しかし、ここに深刻なジレンマがあります。

日本の国債残高はGDP比230%を超えています。金利が上がれば、その利払いも膨らみます。財政が悪化すれば今度は「日本国債への信頼」が揺らぎ、さらなる円安を招くリスクがある。

つまり、金融政策だけで円を持続的に強くすることは、構造上、不可能なのです。

為替介入(政府・日銀が市場で円を買う操作)は一時的に円高方向へ振れさせる効果はあっても、根本原因を解消しない限り、また元に戻ります。過去の介入の歴史が、それを証明しています。焼け石に水です。

では、どうすればいいのでしょうか。答えは金融の世界の外にあります。円を強くしたければ日本が「稼げる国」に戻るしかない。これは抽象論ではありません。以下の6つが、具体的な構造転換の柱です。

① 生産性を上げる

まず生産性を上げるしかありません。日本の時間当たり労働生産性は2024年でOECD38か国中28位です。これはかなり厳しい数字です。長時間働くことではなく、1時間あたりに生む価値を上げなければ、賃金も円も強くなりません。

② 外貨を稼ぐ産業を増やす

自動車や機械だけに頼るのではなく、ソフトウェア|設計|医療|教育|観光|食|コンテンツ|専門サービス|知財(IP)で稼ぐ。

「安くする」ことで競争に勝とうとする発想を転換し、技術・品質・信頼・ブランドによって価格を決める力を取り戻す。これは大企業だけの話ではなく、地域の中小企業こそが今すぐ取り組めるテーマです。

日本の弱点は「良いものを作る」ことではなく、高く売ることが下手なことです。

③ エネルギーの輸入依存を下げる

エネルギーの輸入依存を下げることです。原発、再エネ、蓄電、省エネ、送電網、地熱、洋上風力。好き嫌いではなく、現実問題として、外から燃料を買い続ける国は通貨が弱くなりやすいわけですから、エネルギーを自前で確保できる比率が上がれば、円は守られます。

④ 食料自給力を上げる

食料も円の力に左右されます。小麦・飼料・肥料・食用油などを海外に頼っていれば、円が弱くなったときに食のコストが上がります。大切なのは何でも国内で作るという話ではありません。いざという時に国内で食を支えられる力を持つことです。

農地を守る。担い手を育てる。飼料や肥料の国内確保を考える。物流や備蓄も含めて食料を支える仕組みを整える。

食料自給力は、暮らしの問題であると同時に、国の信用の問題でもあります。

⑤ 財政への信頼を保つ

国の借金が多くても、日本円への信頼があれば持ちこたえられます。けれど「この国は将来、インフレで借金を薄めるしかない」と見られたら円は売られやすくなります。増税だけではなく、歳出改革、成長投資、社会保障の見直しまで含めて、信頼を取り戻す必要があります。

⑥ 企業が価格を上げられるようになる

円を強くするのは、政府や日銀だけではありません。一社一社が安売りではなく、価値で選ばれるようになること。「安いから買われる」ではなく、「高くても頼みたい」と思われること。この積み重ねが、国全体の稼ぐ力になります。

逆に言えば、価格転嫁できない会社、価値を説明できない会社、安さ以外の選ばれる理由を持たない会社が多いままだと、円は強くなりにくいと言えると思います。

「円の問題は国の問題であって、自社にはどうしようもない」。そう思う方もいるでしょう。確かに、一企業が為替を動かすことはできません。しかし、「稼げる国」は「稼げる会社」の集積で成り立っています。

自社の技術・強み・歴史をきちんと言語化し、安売りせず、価値を正しく伝え、適正な対価を得る。それを積み重ねることが、マクロな視点で見れば、「強い円」を支える土台の一部になっていきます。

円安が続く時代に問われるのは、「どれだけ安くできるか」ではなく、「どれだけ高く売れるか」です。その答えは、価格競争の外側—すなわち、ブランドと信頼と、伝える力の中にあります。

通貨の強さは国力の鏡です。円が弱いということは、日本の「稼ぐ力」と「守る力」が弱くなっているということ。その回復は、日銀の金融政策でも政府の介入でもなく、日本中の企業が「価値で勝負できる組織」に変わることから始まります。

おおげさな話に聞こえるかもしれませんが、それはまさに、私たちMRDが日々クライアントと向き合いながら実現しようとしていることでもあります。