日本が亜熱帯化していく中で、自治体と地域金融が描くべき“次の産地構想”

東京の夏が、ひと昔前よりずっと厳しく、長くなりました。気象庁の気候変動監視レポートでも、日本の年平均気温は長期的に上昇しており、2025年の日本の年平均気温は、統計開始以降でも特に高い年のひとつでした。つまり、私たちが体感している「昔より暑い」は、単なる気のせいではありません。実際に、日本の気候そのものが変わりつつあります。

このまま地球温暖化が進むと、日本の農業はどう変わるのでしょうか。ふと、最近の夏の暑さを考えると、こう思ったのです。

「昔は育たなかった南国の作物も、これからは日本で育つのではないか?」

MRD通信

調べると、そうなっていました。例えば、アボカド、マンゴー、ライチ、アテモヤ、パッションフルーツのような、これまで日本では一部地域や施設栽培が中心だった亜熱帯・熱帯系の果樹。農林水産省の気候変動適応計画でも、こうした高付加価値な亜熱帯・熱帯果樹の導入実証が取り上げられています。

さらに農研機構は、温暖化によってアボカドの栽培適地が今世紀半ばには現在の2.5倍以上に拡大する可能性を示しています。これはかなり象徴的。日本の畑や果樹園が、少しずつ“南の作物”を受け入れる環境に変わっていくということです。

ただし、ここで勘違いしてはいけないこともわかりました。温暖化は、単純に「作れるものが増える」という楽しいだけの話ではありません。本質は、作物の適地がずれていくということだったからです。

今まで当たり前に作れていたものが、これからも同じ場所で同じように作れるとは限らない。そんな状況にもなってきています。

リンゴ、ミカン、ブドウ、米、野菜。日本の主力作物にも、すでに高温による影響は出ています。農林水産省の調査では、トマトの着花・着果不良、いちごの花芽分化の遅れなど、高温による影響が各地で報告されています。

米でも、高温によって白く濁る「白未熟粒」の発生が問題になっています。農研機構も、温暖化によって現在の米の栽培適地で将来的に収量が大きく減る可能性を指摘しています。

つまり、温暖化による農業の変化は、こういうことです。

新しい作物が作れるようになる。その一方で、今までの作物が作りにくくなる。

農作物の「適地適作」の地図が、徐々に書き換わってきているのです。農林水産省の資料では、温暖化の進行に伴って栽培適地が北上し、2060年代には現在の主産地の一部が適地から外れる可能性が示されています。 逆にいえば、これまで難しかった地域で新たな作物や品種が現実味を帯びる、ということでもあります。

ここで問われるのは、農家の努力だけではありません。自治体にとっては「何を次の地域産業の柱にするのか」という産業政策の問いであり、地域金融機関にとっては「どこに、どの時間軸で、どんな資金を入れるのか」という地域金融力の問いでもあります。 日本の“亜熱帯化”を、コストではなく地域再設計のシグナルとして読めるかどうか。そこに、これからの地域差が生まれてくるはずです。

まず自治体の立場で見ると、従来の農業振興計画は「これまでその土地で何が作られてきたか」を基礎に組み立てられてきました。しかし今後は、「10年後、20年後にその土地で何が安定して作れるか」という視点を前提にしなければ、計画そのものが過去志向になります。

たとえば果樹では、リンゴ、ナシ、ブドウなどで高温による品質低下や着色不良が報告される一方、より北の地域や冷涼な地域に適地が広がる可能性が示されています。 また、温州みかんのような暖地向け果樹は、北日本や内陸でも将来的な適地拡大が見込まれています。

つまり自治体に必要なのは、「守るべき既存産地」と「育てるべき次世代産地」を分けて考えることです。既存産地では、高温障害に対応する栽培技術や施設整備、かん水、遮光、品種更新といった延命策が重要になります。 一方で次世代産地では、気候変動に合う品目や新品種を絞り込み、試験栽培から加工・流通・ブランド設計まで一気通貫で考える必要があります。 この二つを混同すると、守りも攻めも中途半端になります。

自治体の役割は、補助金を配ることだけではありません。より重要なのは、地域の気候変化を踏まえたうえで、次の基幹産業の候補を見極めることです。

その際、考えるべき論点は大きく三つあります。

  • どの既存作物を守るのか。
  • どの新作物・新品種を育てるのか。
  • その産地を、加工・流通・観光まで含めてどう地域価値に変えるのか。

温暖化への対応を「農業部門の課題」とだけ捉えると、政策はどうしても局所的になります。しかし実際には、これは土地利用、雇用、物流、地域ブランド、企業誘致にもつながるテーマです。だからこそ、農政だけでなく産業振興、企画、商工、観光まで含めた横断的な議論が必要になります。

ここで地域金融の役割が一気に重要性を帯びてきます。これまでの融資は、過去の実績や既存の担保に基づきやすいものでした。しかし、温暖化で産地構造が変わる局面では、「まだ数字になっていない次の地域資源」をどう見抜くかが問われます。地域金融機関には、地域の差別化因子を掘り起こし、自治体や事業者と連携して地域の成長戦略を支える役割が期待されています。

それは単なる融資ではなく、産地転換の仮説に資金をつける仕事です。ある地域で従来の主力作物の収益性が落ちてきた場合、必要なのは補助事業を並べることではなく、どの品目に転換可能性があるのか、どの面積で採算に乗るのか、誰が担い手になるのか、どの販路が開けるのかを、自治体と金融機関が一緒に見立てることです。

地域金融側もまた、単年度の収支だけでなく、地域商社、ファンド、6次産業化、広域連携まで含めた資金循環の設計者になる必要があります。 つまり、地域金融は「お金を貸す主体」から、「地域の次の稼ぎ方を組み立てる主体」へと役割転換を迫られているのです。

この文脈で注目したいのが、ESG地域金融という考え方です。環境省の実践ガイドでは、地域金融が地場企業や自治体と連携し、地域のESG課題を掘り起こし、地域経済の活性化につながるファイナンスを進めることが重視されています。

温暖化対応の産地づくりは、まさにこの考え方と重なります。高温に適応する品種導入、施設整備、水管理の高度化、新しい加工原料の確保、地域ブランドの再構築は、環境適応であると同時に、雇用と所得を支える投資でもあるからです。

危機対応としての側面だけを見れば、温暖化はコスト増の話に見えます。しかし、地域間の比較優位が動く局面では、新しい名産地や新しい看板商品が生まれる余地もあります。 研究機関では、高温でも品質を保ちやすいイネ、着色が安定しやすいブドウやリンゴ、暖冬条件でも花芽形成がしやすいモモやナシなど、温暖化対応品種の開発が進んでいます。 問われるのは、こうした技術を地域の産業にどう翻訳するかです。

そのためには、自治体と地域金融が共通の地図を持たなければなりません。国の資料でも、地域の成長戦略を実現するためには、自治体と地域金融機関が個別に動くのではなく、地域経済の現状認識や取るべき戦略を共有することが重要だとされています。

気候変動は、その共通言語になり得ます。人口減少や担い手不足と違って、気温上昇や栽培適地の変化は、比較的具体的なデータと将来仮説を伴って議論できるからです。 どの作物が残り、どの作物が伸び、どこに設備投資が必要で、誰に資金を回すべきか。これを同じ前提で話せる地域は、次の一手が早くなります。

これからの地域政策に必要なのは、「この作物を守る」だけの発想ではなく、「この地域は何で稼ぐ地域へ進化するのか」を描くことです。地域金融に必要なのも、「既存取引先を支える」だけではなく、「次の産業の芽にどう先回りして資金をつけるか」を考えることです。

日本の“亜熱帯化”は、農業の話に見えて、実は地域経営の話です。自治体と地域金融がその変化を先に読み、先に組み替えた地域から、新しい産地と新しい稼ぎ方が生まれていくのではないでしょうか。