上野公園の新設公衆トイレ問題に思う。商業デザインとアートデザインは、同じ「デザイン」でも別競技なのです

年末にかけて、上野公園の新設公衆トイレが「男女の仕切りがない」「防犯上不安」といった声を受け、東京都が仮設バリケードでの応急措置、さらに恒久的な仕切り工事の検討へ進む――というニュースが拡散されました。

供用開始は2025年12月24日頃で、26日に仮設バリケードが設置されたと報じられています。加えて、屋根に上がれる展望デッキや、個室上部の天窓といった構造が懸念点として指摘されています。

「性犯罪を懸念する声をいただいた」上野公園の“男女の仕切りがない”新設トイレが物議…都の担当者が明かした「改修の経緯」https://news.yahoo.co.jp/articles/56dad8323bb94859f13cd145fb1038ca57844c36

こうした話題が出るたびに、MRDは「デザインが悪い/良い」という二択より先に、“商業デザイン”と“アートデザイン”を同じ採点表で評価していないかを確認したくなります。ここを混同すると、社会問題は再発しやすいからです。

この種の「社会問題化するデザイン」は、商業デザインとアートデザインの役割の混同から起きている面が大きい、という視点で整理してみます。

MRD通信
これは渋谷区の「はるのおがわコミュニティパークトイレ」です

商業デザイン(公共物・サービスも含む)

商業デザインは、端的に言えば目的達成のための設計です。

  • 企業や商品・サービスの「売上アップ」「問い合わせ増」「来店促進」など、明確な目的のために作られるデザインを指します。
  • ポスター|広告|パッケージ|Webサイト|店舗内装など「誰に何をどう伝えるか」が説明できることが特徴です。

合格ラインは明確で、厳しいのです。

  • 目的:安全に、迷わず、ストレスなく、継続的に使える
  • 制約:予算、耐久、清掃、管理、法令、周辺環境、利用者の多様性
  • リスク:事故・犯罪・炎上・維持費増・機会損失

つまり商業デザインは、「使われて初めて完成」です。さらに公共物の場合、利用者は選べません。「誰が」「いつ」「どんな状態で」使うかが読めないからこそ、設計は保守的であるべき局面が多い。

  • 商業デザインは「目的が説明できる」ことが特徴で、誰にどんな便益をもたらすための設計なのかをロジカルに語れる必要があります。
  • その評価基準は「好き嫌い」ではなく、「目的(安全性・わかりやすさ・使いやすさ・経済性)をどれだけ達成したか」という結果に置かれます。

今回のように、供用開始直後に応急措置が必要になる状況は、少なくとも“運用に耐える設計”という観点では赤信号が点灯している、と見るのが妥当です。

アートデザイン

一方アートは、問いを立て、価値観を揺さぶり、解釈を開く営みです。

  • 目的:快適性の最大化ではなく、思考・感情の喚起
  • 制約:機能よりコンセプトが優先することがある
  • リスク:賛否が割れること自体が“成果”になり得る

言い方を変えると、アートは「不便」や「違和感」を素材にできる。しかし、商業デザインはそれをやると事故・苦情・不信に直結します。

  • アートは「自己表現」や「問いかけ」が役割であり、受け手の解釈は開かれていてよいし、むしろ多義性が価値になる領域です。
  • 評価軸は「好き嫌い」や「どんな感情・思考を引き起こしたか」が中心であり、KPIや機能要件に縛られません。

今回の公衆トイレは、東京藝術大学との連携・共同事業として整備されたと報じられています。

東京都は過去にも、藝大の協力の下で“トイレを文化施設のひとつにする”意図を込めた施策(上野トイレミュージアム)を実施しています。

ここから見えてくるのは、「トイレを表現の場として扱う」方向性そのものは、行政施策としても一貫性がある、という点です。

ではなぜ社会問題化するのか。

理由はシンプルで、“表現”の比重が高まった瞬間に、商業デザイン側の合格ライン(安全・明快・運用)が置き去りになりやすいからです。

この構図は、上野に限りません。大阪・関西万博のトイレをめぐっても「高額な費用をかけて芸術にする必要があるのか」「分かりやすさ・安全・清潔が優先では」といった論点が繰り返し出ています。

つまり、“同じ事故”が起きているのではなく、同じ設計思想の衝突が起きています。

公共トイレのようなインフラは、設計順序を間違えると一気に破綻します。MRDとしては、次の優先順位を強く推します。

優先順位(設計の順番)

  1. 安全(防犯・死角・逃げやすさ・見守りやすさ)
  2. 明快(直感でわかる導線・サイン・言語依存を下げる)
  3. 衛生(清掃性・汚れの見え方・臭気・換気・床の排水)
  4. 運用(管理者目線:巡回・補修・壊れにくさ・部品調達)
  5. 体験価値(気持ちよさ、地域らしさ、景観との調和)
  6. 表現(アート要素)

ポイントは、アートを「機能の中」に入れないことです。

入れるなら、トイレの“外側”(壁面の作品、案内サインのグラフィック、周辺のベンチや植栽、夜間照明の演出)に置く。そうすれば、安全・運用の合格ラインを割らずに、地域の文化性を足せます

今回のような社会問題が生まれる構造とは?

  • 公共事業や社会インフラにおいて、アート作品のような「挑発性・話題性」を優先し、商業デザインとしての基本要件(安全・機能・説明責任)を軽視すると、利用者にとっては「実験台」にされた感覚が生まれます。
  • さらに、税金や公費が投入されている場合、「誰のためのデザインか」という問いが鋭く突きつけられ、炎上や政治・ジェンダー論争といった社会問題として可視化されやすくなります。

最後に、発注側・受託側どちらにも効く「最低限これだけは外さない」項目です。

  • “最悪ケース”から設計する仮説の徹底:覗き、待ち伏せ、迷子、パニック、破壊、混雑)
  • 当事者レビュー(女性、子連れ、高齢者、障害のある方、管理者、夜間利用想定)
  • プロトタイプ検証(仮設で導線・死角・見え方を現地検証)
  • 責任分界の明確化(誰がOKを出したか、何を根拠にOKか)
  • 「コンセプトより運用」レビュー会を必ず1回入れる(デザイン会議とは別枠)

商業デザインとアートデザインは、どちらが上でも下でもありません。

ただし、公共インフラにおいては「まず商業デザインの合格ラインを超える」ことが絶対条件です。そこを満たしたうえで、初めて表現が活きます。

公共空間や社会インフラでは、アート的実験よりも先に、「誰が」「どのように」使うかという生活者の視点と、リスクや弱者への配慮といった社会的要件を、商業デザインとしてきちんと設計する責任があると思うのです。

社会問題が後を絶たないのは、デザイナーの能力不足というより、発注・審査・運用の全体設計で“競技”を取り違えることが原因になりがちだからではないでしょうか。

MRDは、表現を否定しません。むしろ大切にしたい。だからこそ、置き場所(設計順序)を間違えない。ここを徹底したいと思います。

また、「アートを否定する」のではなく、「アートの役割」と「商業デザインの責任」を線引きし、社会問題化を未然に防ぐためのデザイン発注・意思決定プロセス(要件定義・検証・説明責任)を提案し続けたいと思っています。

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