ベテランの勘を「会社の仕組み」に変える時代

人手不足の時代に、会社が考えなければならないことがあります。

それは、仕事を「できる人の勘」だけに頼ったままにしてよいのか?ということです。

もちろん、経験は大切です。いぶし銀の職人さん、かっこいですよね。絶対に長年現場に立ってきた人にしか分からない判断があります。新人には見えない微妙な違いを、ベテランは一瞬で見抜くことがあります。

しかし、その経験が一人の頭の中だけに閉じ込められていると、会社にとっては大きなリスクになります。

「あの人がいないと分からない」
「あの人しか判断できない」
「あの人が辞めたら現場が止まる」

これはかっこよいとか、美談とかの話ではなく、経営上の弱点です。

今、多くの業界で起きているのは、ベテランの経験を否定する動きではありません。ベテランの勘や判断を、システムやデータによって支え、新人でも一定水準の仕事ができるようにする動きです。

「経験がある人だけが成果を出せる仕事」から、「仕組みが新人の成果を底上げする仕事」へ。

その変化を、いくつかのビジネス事例から見てみます。

昔のタクシー運転手には、「流し」の勘がありました。

どの時間に、どの通りを走ればお客様を拾えるのか。駅前に並ぶべきか、繁華街へ向かうべきか、ホテルの前を通るべきか。それは、何年も街を走って身につける職人芸のようなものでした。

ところが、配車アプリの普及によって、その経験値の一部はアルゴリズムに置き換わりました。新人であっても、アプリが需要のある場所へ誘導してくれる。結果として、ベテランと新人の差が縮まり、仕事全体の効率が上がりやすくなりました。

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もちろん、タクシー運転手の収入増加は、配車アプリだけで説明できるものではありません。運賃改定、需要回復、人手不足、インバウンドなど、複数の要因が重なっています。

それでも、配車アプリが「どこを走ればお客様に出会えるか」という経験値を補ったことは大きな変化です。

勘をなくしたのではありません。勘に頼りきらなくても、成果を出しやすい仕組みをつくったのです。

コンビニの発注業務も、かつては店長やベテランスタッフの勘が大きく物を言う仕事でした。

今日は暑いから飲料が売れる。雨だから客足が鈍る。近くでイベントがあるから弁当を多めにする。この曜日は、サンドイッチよりおにぎりが動く。

こうした判断は、現場経験の積み重ねによって磨かれてきました。

しかし、ファミリーマートは2025年6月末から、AIを活用した発注システム「AIレコメンド発注」を全国500店舗で運用開始しました。過去の販売実績、店舗周辺の通行量、気象データ、カレンダー情報などをもとに、商品ごとの販売予測数を算出し、最適な発注数を提案する仕組みです。これにより、発注業務にかかる時間を1週間あたり約6時間削減できるとされています。

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こちらもベテランの勘、店長の経験を否定するものではありません。むしろ、経験者の判断をデータで補い、新人や経験の浅いスタッフでも一定水準の判断ができるようにする仕組みです。なんと素晴らしいことでしょう。

配送の現場でも、同じ変化が起きています。

どの順番で配達すれば効率がよいか。どの道が混むのか。どの時間帯に、どの地域へ行くべきか。

こうした判断は、以前はベテランドライバーや配車担当者の経験に大きく依存していました。土地勘や過去の経験がなければ、効率のよいルートを組むことは簡単ではありません。

しかし、配送ルート最適化ツールを使えば、経験の浅いドライバーでも効率的なルートを組みやすくなります。属人的だった配車や配送計画を、システムで補えるようになってきたわけです。

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建設現場でも同じです。

重機操作や土木工事は、長く「熟練者の世界」と見られてきました。しかし、ICT建機や3Dデータの活用により、経験の浅いオペレーターでも高い精度で作業しやすくなっています。

もちろん、現場の経験が不要になるわけではありません。ただ、最初からすべてを「見て覚えろ」「背中を見て技術を盗め」「やりながら盗み自分のものにしろ」といった風潮に任せる必要はなくなってきています。システムが基本を支え、人はより高度な判断に集中する。

現場仕事ほど、この変化は大きいのです。

製造業にも分かりやすい事例があります。

鋳造や加工の現場では、温度、色、音、粘度、タイミングなど、言葉にしにくい判断が数多くあります。

「このくらいで止める」「ここで少し足す」「今日はいつもと違う」。こうした感覚は、長年の経験によって身につくものです。

しかし、それが一人の頭の中だけにあると、その人が休んだり、辞めたりした瞬間に、会社の力が落ちてしまいます。

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非鉄金属の鋳物メーカーである中島合金では、純銅鋳造の工程において、添加剤の投入量の判断が熟練者に属人化していました。製造途中の状態を見ながら、どの程度の添加剤を入れるべきか判断する。まさに、経験と感覚が必要な作業です。

この課題に対し、三菱総研DCSはAIを活用した実証実験を行い、熟練者の判断を数値化する取り組みを進めました。実証実験では、AIが示した予測値が実際の業務で使えるかどうかを検証し、計14回の製造中13回でAI予測値が採用され、そのすべてでJIS規格をクリアしたとされています。

これは、職人の価値を下げる話ではありません。むしろ、職人の経験を会社全体で使える資産に変える話です。

本当に価値のあるベテランは「自分だけができる状態」を守る人ではなく、自分の経験を言語化し、(会社として)仕組みに落とし込み、自分の次の人が成果を出せる状態をつくれる人ではないでしょうか。

この話は、採用にも直結します。

多くの会社が求人票に「未経験者歓迎」と書きます。しかし、それだけでは弱いです。

応募者が本当に知りたいのは、歓迎されるかどうかではありません。入社後に、ちゃんと育つ仕組みがあるかどうかです。

誰が教えてくれるのか。どんな順番で仕事を覚えるのか。どこまでマニュアル化されているのか。困ったときに相談できる体制があるのか。新人でも成果を出せる道筋があるのか。

ここが見えなければ、応募者は不安になります。

これからの会社に必要なのは、経験を否定することではありません。経験を、会社の仕組みに変えることです。

  • 属人的な勘を、チェックリストにする。
  • ベテランの判断を、動画や写真で残す。
  • よくある質問を、社内FAQにする。
  • 営業の成功パターンを、共有できる形にする。
  • 新人が迷うポイントを、採用ページや教育資料に先回りして書いておく。

こうした小さな仕組みの積み重ねが、人を育てる会社をつくります。そして、その仕組みが見える会社は、採用でも強くなります。

MRDは、採用サイト、会社案内、インタビュー、写真、文章づくりを通じて、企業の中にある「選ばれる理由」を見える形にしていきます。

人の魅力だけでなく、人が育つ仕組みまで伝えること。それが、これからの採用広報に必要な視点です。